2012年9月22日土曜日

寄稿 検証・大川隆法は何故法が説けたのか?①


(教え)を実践できない大川隆法氏が、なぜ法を説けたのか?

先日「投稿 退会しても失われない価値があるのでは?」の中で、次のような疑問を投げかけられていました。

<問いかけ>

「私が一番疑問に思っていることは、実践してこの教えはほんものだと確信してやってきたのに(実際は説かれた全てがホンモノとは限らない)、説いた本人(総裁)はそれを実践していない。それなのに何故、総裁が法を説けたのか? 天上界の応援があった(初期のころは確かにあったと今でも思っています。)のか? ということです。ここは、波長同通の法則とも関連してきますので、是非どなたか解明してくださいませ。」

<新しい投稿者の紹介>

これに答えて、素晴らしい考察を送って下さった方がいます。私はこの方の思考に敬意を払いたいと思います。ここで指摘されていることは、確かにそういう側面があると私も思います。それがすべてではないかもしれないが、確かにこういう側面があるというのが、私の感想です。

私は天上界が本気で大川氏を教育するために霊言を送ったことも、特に初期の頃にはあったに違いないという「仮説」を持っています。また講演会での高級霊による霊指導も、ある時期までは部分的にでもあり得たと思います。そうでなければ、あそこまで魂が震える経験はしなかったのではないかと思うからです。
にもかかわらず、この投稿者の意見は非常な説得力を感じるのです。

それでは、新たな投稿者の優れた考察をお読み下さい。

<投稿者の考察>

1.大川氏の野望の力

私もこのことについて、ここ数ヶ月考えております。『波長同通の法則』により『天上界の応援』もあれば『天上界以外の応援』もあるのではないでしょうか。実際、『応援』というよりは、私達それぞれの心がそれに応じた波長につながるというものだと思います。
例えば、天使の心をもっての目標実現は『天上界の応援』があったということでしょうし、マイナスの心をもっての目標実現は『悪の応援』があったということだと思います。しかし心というのはとても複雑で、その目標実現の過程においても、常に揺れては色々な波長につながり、そこで『不動心』の学びもあるのでしょう。

私は、大川氏が法を説けたのは、大川氏の「私は神になりたい」、「全てにおいて自分が一番になりたい」という切なる野望の力だと思っております。大川氏は、自己啓発等の書籍を沢山読んでいるはずです。それらの書籍で学んだことを、いかにも自分の考えのように述べることができるのも、彼の才能のひとつです。先ほど出ました『不動心』も大川氏により初めて説かれたものではありません。

2.大川氏の劣等感

大川氏は、信者には、学歴、経歴等の沢山の分野において、自分はまるでスーパーマンのように語っていますが、実際には学生時代にも就職時代にも、劣等感を経験したのだと思います。自分より優れた人間はごまんといるという経験を何回もされているはずです。劣等感を経験した者だからわかる劣等感を代弁してくれるから、悩みを抱える信者は、「総裁先生はわかってくださっている」と思うのでしょう。

大川氏は、教団においても同じ経験をされたかと察します。自分より優れた弟子の存在に焦りを感じ、それでも自分が一番でなければならないという葛藤を味わい、ここでもマイナスの気持ちを経験したと察します
大川氏は負けず嫌いなのでしょう。自分より優れた人間にはとても敏感なようです。偉人に対しても、「彼は、確かにここは出来る(出来た)が、ここはこうした方が良い(良かった)」と分析し、批判するのにも長けています。この鋭い分析・批判力は、自己啓発等の書籍を学んで培われた以上に、生まれもっての大川氏の性格ゆえであるように感じます。その「こうした方が良い(良かった)」を自分が実践するかしないかには関わらず説法し、その説法が書籍になる。その批判でもって、大川氏の方がその偉人達より優れていると証明したかのようになる。そしてその批判を含めて言っていることは間違ではないので、信者は「総裁は偉人の足らない事も言える。さすが総裁。総裁はあの偉人をも超えている」となります。

3.大川氏のハッタリ力

さて、大川氏の問題は「一番になれない自分を一番にするには(=神でない自分を神にするには)」ということだったと思います。ここで大川氏は、ハッタリを使いました。彼は、このハッタリの点においてもとても長けているのです。私が「長けている」と言うのは嫌味でも何でもありません。本当に長けているのです。
英語に関しては、大川氏は英語があまりお上手ではありませんが、「英語での説法の方が簡単」と余裕でハッタリをかまします。英語をお話しない方達は、そこまで言うならそうなのかなあ、と思います。
また優れた弟子に関しては、「あなたは私の弟子であった」と言い、「だから私が上なのだ」という事をほのめかすためのハッタリをかまします。そして霊言等でもって、「私より優れていると思うなよ」と念には念をのハッタリを続ける。この大川氏の霊言は、彼オリジナルのとってもユニークなハッタリです

できたハッタリ」というのは、普通の人には「ハッタリ」だとわかりません。しかも、信者からすると大川氏の「できたハッタリ」は『真実』そのものに聞こえるのでしょう(私にも聞こえました)。注意して欲しいのは、ハッタリ』と『』は似ているようですが別ものです。ハッタリには『』の要素もありながら『強がり』、『脅し』の要素もあり、「できたハッタリ」にはそれなりの『知識』、『テクニック』そして一種の『カリスマ性』等が必要なのです。してこの「ハッタリ力」でもって、本を書き上げる。「どうだ、私はこのような事を述べている。神々しいだろう。私はこのような人柄(または神)であるから、このようなものが書けるのだ」というところじゃないでしょうか。

4.大川氏の哀しさ

大川氏の哀しさは、このハッタリを本物に出来なかったことです。
人誰しも負けおしみを言いながら、「いつか見返してやる」と歯を食いしばることはあります。私もそうです。しかし、大川氏の野望そしてそれを弁護するハッタリは大き過ぎたのでしょう。そして、沢山の人を巻き込み過ぎたのでしょう。大川氏は「銀河をも消せる」と言ったそうですが、これは、「銀河まで消せるようになりたい」ということでしょう。
最近は、このハッタリのクオリティーがすっかり崩れてきており、信者は「王様は裸かも?」という状態になっています。『強がり』、『脅し』の要素を強めても、知識』と『テクニック』の衰え、また妻そして弟子を罵倒する姿からはその『カリスマ性』も失われ、こうなると、そのハッタリには『』の要素しか残りません

家庭ユートピア』に関しても、大川氏はその実現を望んでいたと思います。彼の理想は優しい妻とともに家庭、教団を営み、そして願わくば「浮気は男の甲斐性」と大目に見て欲しいというところではないでしょうか。
しかし現実は妻には愚痴を言われ、夫としても教祖としても尊敬されない経験をしたからこそ、同じようにプライドを壊され苦しむ男性の気持ちを代弁し、女性はこうあるべきだという彼の切々とした理想と願望を『教え』として説いたのでしょう

5.「巧みな悪」は善に聞こえる

書籍には、自分の経験と言わずにも、初めの方に述べました劣等感の経験を含め、著者の経験が織り込まれているため、説得力も生じます。
大川氏は、自分の野望は、野望でなく、真実である」を証明するため、自称900 冊を書き上げられたのだと思います

最初の『波長同通の法則』の話で考えてみますと、マイナスの心での実現ですから、『悪の応援』があったという事だと思います。巧みな『悪』はそれが『』のように聞こえます。大川氏の書籍は、確かに『』は語られていますが、『悪=大川氏の野心』の要素も入っているのです。私凡人は、大川氏の書籍を読み、それに書かれた『善』を学び、その『』を語られた大川氏を尊敬し、それに潜んだ『悪=大川氏の野心』の誘導でもって「総裁は仏陀の生まれ変わりだ」と信じ、エルカンターレを信仰し始めたのです。もし、私の見解が正しければ、大川氏の書籍は、霊的にも純粋に光輝いたものではありません。

私の大川氏への見解は今まだ途中なのですが、オール・オワ・ナッシングで大川氏の分析は出来ないと思います。自分自身の過ぎした野望で空回りになっている大川氏に対して多少の哀れさを持って彼の分析をする方が、信者の皆様の理解を得るのではないのでしょうか

6.神の名を使った犯罪は許せない

また、誤解がないようもう一章書かせてください。大川氏に多少の哀れさを感じても、大川氏の悪行を許しているわけではありません。週刊文集に載っていた『性の儀式』の犠牲者のことを考えると、悲しさと怒りがこみ上げてきます。これは犯罪です。神の名を使った犯罪ほど酷い犯罪はありません。未だこの犯罪を『天上界の計画』等の戯言で弁護する者には、正義の基準がかなりずれている事を忠告しておきます。

1 件のコメント:

  1. 900冊もハッタリだ。
    国会国立図書館の詳細検索で、著者・編者「大川隆法」を検索すれば、大川隆法の著作は、2012年9月23日現在、429冊である。
    http://iss.ndl.go.jp/
    大川隆法は、ウソの数字で信者、世間をだましている。

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