2012年7月22日日曜日

『舎利弗の真実に迫る』講義36 ダイバダッタ礼賛の真意

 「里村 では、もう本当に、このセッションの最後になりますけれども、私たちが『ダイバダッタ』と言ったために、あなたは、本当のところ、かなり泡を吹かれたようですが・・・。
種村偽守護霊 いや、ダイバダッタというのはね、君、それは持ち上げすぎだよ。ダイバダッタだったら、五百人連れていけるはずだから。俺に五百人ついてこないじゃないか。」(『舎利弗の真実に迫る』P186P187

<解説>

ここも種明かしが分かると、面白い読み物となります。この霊言では、憎き種村をさんざんダイバダッタのように印象付けながら、最後にダイバダッタはもっと偉いと言わせています。ダイバダッタは五百人を連れ出せたのに、種村はせいぜい多くて十人かそこらだろうというわけです。これもダイバダッタを褒め称えて、種村を貶めているわけです。

私はこれは、話している霊人がダイバダッタその人であり、ダイバダッタこそ大川隆法氏の魂の兄弟であるという私の考えを、より補強する場面であると考えています。


「里村 托鉢は、一般の方々に、布施の功徳を積んでいただく、徳を積んでいただく、そういう尊い行なんですよ。だれも、そのような、ゆすり・たかりで、お布施を頂いてはいません!
種村偽守護霊 ダイバダッタ様に対して、そんな失礼なことを・・・。
斎藤・里村 ダイバダッタ様?
斎藤 やっぱり『様』なんですね。
種村偽守護霊 ダイバダッタ様は、私より格上ですよ。」(『舎利弗の真実に迫る』P188

<解説>
托鉢のことを執拗にゆすり・たかりであり、これは釈尊に教わったと「種村偽守護霊」は言い続けています。これはお布施返還訴訟や女性問題の指摘が、金銭目当てであることを印象付けるためのお膳立てででもあるでしょう。托鉢をそういうふうに捉えているから、平気でお金を得ようとしてゆすり・たかりをしてくるのだという理論構成です。これが私の思想と相反することは、すでにのべました。

ここで「種村偽守護霊」は、一軒一軒の家を回って行う托鉢を「ダイバダッタ様に対して、そんな失礼なことを」と否定しています。どうも「種村偽守護霊」に化けている「ダイバダッタ」には、アジャセ王というパトロンを得ることが素晴らしいことで、一軒一軒、一般の家庭に托鉢して回るようなことは情けないことだという、プライドがあるようです。だから托鉢の一般的な意義を里村氏が説明したら「ダイバダッタ様に対して、そんな失礼なことを」という発言が飛び出したのでしょう。

さらに、「種村偽守護霊」は、種村修よりもダイバダッタが格が上であると言っています。その理由は、連れ出した弟子の数が多いと言うことです。でも、五百人分の食い扶持を用意したので、五百人がついていっただけですから、給料をもらえるので大川隆法氏に千数百名の職員がついているのと、ある意味変わりません。だからダイバダッタは資金の調達能力が高いのに、種村は低いから格が下だと、おそらくそういうことを言いたいのだと思います。確かに、その面ではダイバダッタや大川隆法氏の方がはるかに上手であると、素直に認めます。


「種村偽守護霊」は種村を貶めて、ダイバダッタを持ち上げているのです。ダイバダッタ復権への布石がまたひとつ打たれているわけです。

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