2012年7月22日日曜日

『舎利弗の真実に迫る』講義43 出家のいきさつ

「大川隆法 まあ、初期のころには、人の選びようがなかったし、来てくれる人はありがたかったですからねえ。うーん・・・。」(『舎利弗の真実に迫る』P210

<解説>
 何となく私が勝手に来たような印象を与える言い方ですが、私は大川隆法氏に呼ばれて、生長の家を辞めて幸福の科学に入りました。大川隆法氏は覚えておられるかどうか知りませんが、こういうことは当事者はよく覚えているものです。

 私は会員番号は227番だったと思います。1986年の秋に事務所が出来て、その一ヵ月後ぐらいに、西荻窪駅徒歩7分の所にある原久子さんの自宅の一室の事務所を訪ねました。そのときは、山口さんと安田さんがいました。生長の家の名刺を置いていきました。

 何日かして、生長の家本部の私の職場に、大川隆法氏の秘書の原久子さんから電話がありました。原久子さんは、大川隆法氏の指示で私に電話を下さったのです。こうして原久子さんとお会いして、大川隆法氏からの協力要請をいただきました。生長の家に在職中に善川三郎氏の小冊子のワープロ打ちを手伝ったりしました。

 原久子さんからは、大川隆法氏が5000円で個人相談するから、何か相談するように言われました。将来のことを聞いたと思うのですが、谷口雅春先生の霊言で回答がありました。私は釈迦の弟子であるから、幸福の科学を手伝うように。生長の家の信者をいくらか幸福の科学に寄越したいという話もされました。

 このときは「釈迦=大川隆法」と信じていましたので、釈迦弟子ということは、当然大川隆法氏の弟子だと思い込んでいました。しかし、大川隆法氏が釈迦でないことが明確になると、私は過去世で釈迦弟子であったご縁で、幸福の科学に呼ばれたということになります。仏陀は天上界から、大川隆法氏を一時期指導されていたと思いますので、天上界の仏陀から幸福の科学に呼ばれたと解釈したいと思います。

 翌年の1987年の秋には、幸福の科学は職員を採用することになりました。私はその時に呼ばれました。職員番号は、確か11番だったと思います。生長の家を退職するときには、幸福の科学の編集部への就職が決まっており、生長の家時代と同額の給与をいただけるということでした。私の給料が低いので、非常に驚かれたことは覚えています。だから、大川隆法氏は、私が忘れている給料額を、いまだに記憶していて、この本にも書かれているのでしょう。


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