2012年7月22日日曜日

『舎利弗の真実に迫る』講義23 大川隆法氏の猜疑心 

「斎藤 では、あなたは教祖になりたいのですか。
種村偽守護霊 教祖ですよ。もちろんです。だから、今、ここの嫁さんだか元嫁さんだか知らんけど、あれが教祖になろうとして撃退されとるんだろう?
里村 そうです。
種村偽守護霊 だから、俺が力を貸してやって、何とか乗っ取りを成功させてやろうとしているんじゃないの。」(『舎利弗の真実に迫る』P136

<解説>

 これは、私が幸福の科学教団の教祖になりたいと言わせています。こうなると大川隆法氏の妄想としか言いようがありません。そういえば大川きょう子氏も二代目の教祖になりたがっているとして、排除されました。
 教祖の地位というのは、大川隆法氏の立場です。つまり大川隆法氏は私が彼の地位を狙っていると言わせているわけです。妄想と言うしかありません。
 ここで教祖になりたいというのは、教団財産が欲しいと言っているのと同じ意味で使っているようです。教団財産への固執は大川隆法氏であって、私ではありません。
 
前にも書きましたが、教祖になるというのは、大川隆法氏の願望であり、宗教から世界を支配するという野望をお持ちだと思います。大川隆法氏は、自分の座を誰かに狙われないかと、常に猜疑心をつのらせている人物です。ものすごく猜疑心が強いです。ですから、部下の中に自分より評判が高くなる人間が出たり、経歴が自分より高い人間がいると、常に猜疑心を持ちながら、同時にそれに嫉妬して、排除していくか意地の悪い人事異動を繰り返して、自分への忠誠心をとことん試していきます。

こういう猜疑心の強い大川隆法氏だからこそ、はむかうものが出ると、自分の座を狙っているのではないかと疑うのでしょう。それが「教祖になりたい」と種村偽守護霊に言わせている理由だと思います。

 私は大きな組織を運営していくタイプの人間ではないと思っています。そういう立場は、私には合わないし、万一そういう立場に立たされても、私は幸せではないと思います。ですから、大川隆法氏の勘ぐりは残念ながら、はずれです。

 弁護士の先生の仲介で、今年にはいって3度、大川きょう子さんと顔を合わせたことがあります。その時にきょう子さんにお話を伺いました。

 彼女の今の生活の基盤は、キリスト教会や東北でのボランティア仲間におありだと伺いました。彼女は、「幸福の科学と縁を切ったからこそ、世間の信用が得られた」と力説されていました。また、「自分のような立場のものを受け入れてくださった教会の先生は裏切れない」と言っておられました。これは、「幸福の科学とは縁を切る。もう教団には戻らない」という意味です。

 だから、教団の教祖を狙っているというのも嘘ですし、ましてそれを私が支援することもあり得ません。
こういうことを、正しい意味で「事実無根」と言うのです。

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4 件のコメント:

  1. アイマイミーです。

    種村さん お疲れ様です。

    「大川隆法氏の猜疑心」、まさにそのとおりだと思います。長年、大川のそばで、大川の人となりを見る機会が多かったのですが、大川の発する言葉は悪口ばかりでした。人への悪口を聞くのが仕事みたいなものでしたが(笑) その分、私がいないときは私の悪口をいっていると十分に想像ができますが・・・

    なぜ、宇宙根源の神仏であると自称する大川が、かくも、正語ができないのかといえば、種村さんご指摘のとおり、猜疑心の塊だからだと思います。正見すらできていないからですね(爆笑) とにかく疑り深いし、人の話を信用しない。自分が都合が悪くなると、周囲にあたりちらし、人のせいにする。そしてとどめは,だれそれに魔が入ったからだと言い訳ばかりする。

    これらは、小さい頃からの劣等感による心の歪みでしょうね。小さい頃から、賢兄愚弟といわれてましたし、東大では開学以来の落ちこぼれでしたし、商社時代はOLにも馬鹿にされる実務能力でしたし、さらに、幸福の科学では、弟子たちの圧倒的な能力には舌をまくしかありませんでしたから、大川自身の心のバランスをとるためには、悪口三昧で溜飲を下げるしかなかったのでしょう。

    とくに職員の中では、種村さんに一番脅威を抱いていたでしょう。なぜなら、大川の教祖としての権威の源泉は、霊能力と教化力=教えを説く能力ですが、前者はそれがないことを多くの職員に見破られていましたから、残された後者でかろうじて権威を保たねばなりません。しかし、96、7年の宇都宮移転以降から、愛人との耽溺生活に入りましたから、大川の唯一のとりえの勉強すらしなくなった。

    しかるに、種村さんは、こつこつと勉学に励みましたし、職員の中で最も人気ある講師になりましたから、大川にとっては脅威の存在になってしまいました。いつか、取って代わられたらという猜疑心が芽生えたのです。そこで、大川の打った手は、種村さんの強制還俗。目の上のたんこぶをとったわけですね。

    それで、今回の週刊文春による種村さんの告発は、大川自身の恐怖心と猜疑心が再現した形となって、「乗っ取り」をたくらんでいるとなったわけですね。もう、これは大川の妄想によって、脳乱してしまったと見るべきで、救いようがないレベルに至っています。

    こんな荒唐無稽なことしか考えられない大川を教祖と仰ぐ信者さん、はやく目を覚ましましょうね。



    最後に、この種村ブログ「真実を語る」と、こころけんブログを同一視して、混同していろいろ言う人がおりますが、それぞれが戦略的目的が違うのですから一緒くたに考えますと、ことの真相はわからなくなりますよ。幸福の科学の大混乱はそこにあるのですから(爆笑)

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    1. 詳しい解説を頂きありがとうございます。私は自分をそんなには高く評価していないのですが、『舎利弗の真実に迫る』は私のことについて書かれていますので、これがどの程度の嘘かぐらいは分かります。その意味で、大川隆法の真実に迫るには最適のテキストと化するという予感がありました。大川きょう子さんが同様の作業を現代の法難シリーズに対してされると、もっとよく大川隆法という方の真実が見えてくると思います。

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  2. きょう子さんFacebookで近況見るのですが・・元気そうですよね

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    1. 大川きょう子さんについては、さんざん教団側から悪口と偏見を吹き込まれていましたから、最初お会いするときは、正直言って白紙でみることがどこまでできるか、自分が試されました。
      でもお会いして話を聞いていると、彼女の苦しみを突き抜けて得た神への感謝、神への礼賛、魂が味わっている幸福感が、半端なものではないので驚きました。宗教的な感化力を強く感じたのです。教団におられるときよりも、さらに強いものを感じました。そしてそれは心地よいものでした。
      彼女は大川隆法氏に悪魔がついておると言われ、それを信じて、イスラエルの教会で「神よ、わたしをせめて正しく死なせてください」と祈られたようです。その結果、彼女に臨んだのは復活でした。大死一番という言葉が脳裏をよぎりました。極限状態の中でよく精神の均衡を保たれて、美しくなられたと、感銘を受けました。

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