2012年7月19日木曜日

『舎利弗の真実に迫る』講義16  教祖願望

「種村偽守護霊 (中略) そういえば、「聖使命会員」とか言うて、一人で百冊以上配ってたから、・・・」

<解説>

 これは大川隆法氏の仕事の杜撰さが、際立つ箇所です。これは、生長の家に所属したことのある人から見ると、あり得ない基本的な間違いです。この部分ひとつでも、「種村守護霊」なるものが真っ赤な偽者であることを証明してしまっています。

生長の家では、聖使命会員という制度がありますが、これは毎月一定額以上の会費を振り込む人のことであり、その人には聖使命新聞が配布されていました。聖使命会員には3種類あり、護持会員は月額400円以上、什一会員は月額1000円以上、特志会員は月額1万円以上を収めます。百冊以上の神誌(生長の家では布教誌のことをそう呼んでいました)の配布者を聖使命会員という呼び名をしていた事実はありません。

実は私は、聖使命新聞の編集部にいました。ですからこんな基本的なことを私の守護霊が間違えるはずがありません。ですから、ここは「種村守護霊」が偽者であることが、疑問の余地なく判定できる部分です

 なぜこのような致命的で基本的なミスが予防できないのでしょうか。それは幸福の科学編集部の職員が、大川隆法氏の霊言を本物だと盲信しているからです。だから、チェックをしないのです。霊言が偽者であると見抜く見識があれば、霊がいうことをいちいちチェックして、外部には間違ったまま出さない努力が出来るはずです。
 もっとも、DVDに出ているものは修正できないので、この箇所は削除するしかないでしょう。

「斎藤 (中略) 実は、『学生のときに、「生長の家」に属していながら、政治活動もしていた』と、元奥様から聞いております。そのときには、スーパー右翼的発想で、左翼と激突し、棒を持って殴り合って、暴力沙汰になったそうですね。しかも、そのときに、あなたの担当していたグループのなかで、生長の家の学生が一人死んだとも聞きました。
種村偽守護霊 それはねえ、谷・・・。
斎藤 実際に死亡したと言われましたよ。ヘルメットを被って、バンバンバンバン、お互いに叩き合うような、非常に阿修羅的な波動を持った状態だったそうです。」(『舎利弗の真実に迫る』P144

<解説>

この部分の記述にも、致命的な情報の間違いがあります。確かにここにいわれている京大での事件はありましたが、その時に学生が一人死んだというのは、完全に間違いです。死亡者など一人も出ていません。

それとは別に、その約2年後ぐらいに、九州大学の仲間の学生が一人亡くなりました。私達は彼の死を悼みました。なぜなら、その方はこのとき京都大学の行事に参加してくださった仲間であったからです。しかし、京大事件と彼の死亡は別の問題です。

京都大学での事件は、私が大学2年生の秋に起きました。この年には昭和天皇の御在位50年の記念式典が国や地方で開催されました。私達の仲間も、京都大学の教養部の教室を借りて、昭和天皇御在位五十年の式典を開催しました。これは至極平和的なものでした。

ここに至るまでには、2ヶ月ほどの前哨戦がありました。私は昭和天皇が終戦と戦後の復興に果たされた役割を評価するビラをつくり、京大の正門の前で配ることからはじめました。京都大学は左翼の学生運動が極めて強い大学で、すぐに私達は左翼学生によって暴力的に排除されました。

私は、暴力による言論の抑圧には屈することが出来ませんでした。近隣大学からも協力者を募り、毎日宣伝活動を続けました。左翼は暴力を振るうこともありましたが、私達は言論のみで応戦しました。

記念式典の当日は、さすがに緊迫感が漂いました。無防備で式典をすれば、暴力で排除されることは目に見えていました。そのために、安全のためのヘルメットや最小限の防衛の装備を用意して、攻撃を抑止しました。抑止のための「武」です。
式典も無事終了し、私達数十名は街頭へ出て、市民集会に合流する予定でした。予定通りの行動をしていれば、何の問題も起こらなかったはずです。

ところが外部から来た年上の学生が、京大の時計台前で勝利集会を開こうと言い出し、予定外の行動に出たのです。時計台前は左翼グループが日ごろ武闘訓練を行っているホームテリトリーでした。案の定、集会をしているところを武装した左翼学生に襲撃されました。防衛の装備をいちど片付けていたので、あわてて支給しなおし、攻撃を防御しました。しかし、後手に回り、負傷者が出てしまいました。私も少し怪我をしました。やはり日ごろは平和的な言論活動をするだけの人間が、武闘訓練を日常的にしている集団のホームテリトリーのなかに、うかつに入り込むべきではなかったのです。急な作戦変更がもたらした重大なミスです。まだ2年生の私には、それを阻止する権限はありませんでした。

しかし、その後のほうが大変でした。私が学内で高校時代の友人と話をしていても、左翼学生に囲まれ、暴力的に排除されました。危険で、大学にいけなくなりました。

自分の信念のために、大学で身の危険を冒してまで主張を貫くのは、自己保身の観点からは愚かなのかもしれません。しかし、身の危険を冒してまで信念を貫く人間がいなければ、国は変わらないと思います。私はそれを恥ずかしいことだとは思いません。戦いの折に、やや戦闘的な精神状態になることはありました。しかし、幸福実現党で北朝鮮にミサイルを先制攻撃することを主張したときほどは、過激な主張ではなかったと思います。


「斎藤 智慧があるのに、『生長の家』のなかで、どうしていじめられるのですか。
種村偽守護霊 いや、『教祖』っていうあだ名だったからさあ。
斎藤 確かにそのとおりだったと聞きました。ご本人は、確かに、『「教祖」と呼ばれていた』と言っていましたよ。
種村偽守護霊 そうなんですよ。『教祖』というあだ名をつけられてねえ。
斎藤 お、すごい信憑性!」(『舎利弗の真実に迫る』P116

<解説>

 質問者の斎藤氏が、「確かにそのとおりだったと聞きました。」といっていますが、誰に聞いたのでしょうか? この部分は、いくら考えても私にそんな記憶がないので、不思議に思いました。

 そこで、早稲田大学を出て生長の家の職員をしていた、同期の人に聞いてみた。この人は、その後生長の家を退職し、父親が興した菓子製造販売の会社を継いで、現在経営者をしている方です。

 私はこの元同僚に、つぎのような質問をしました。
ひとつ教えてほしいのですが、生長の家時代の私は、他の人から『教祖』というような表現で呼ばれていましたでしょうか。最近、昔の私がそう呼ばれていたと言われて、ピンと来なくて、それでどうだったかなと思って、お尋ねすることにしました。よろしくお願いします。」

 それに対する元同僚からの返事は次の通りでした。
私にも、そんな記憶はありません。いくらなんでも、谷口先生の弟子の仲間同士で、誰かを『教祖』などと呼ぶ者はいないと思いますが。

 宗教団体に所属していて、そこで『教祖』というあだ名がつくことは、通常ありえないことは、少し考えれば誰でも分かりそうな話です。ですから「種村偽守護霊」に、こういうあり得ないことを語らせ、斎藤哲秀氏に「お、すごい信憑性!」と言わせているのが、ものすごく不思議な感じがしました。

 記憶を振り返ると、私には思い当たることが一つだけあります。幸福の科学に出家した最初のころ、私は大川隆法氏から直に、「種村さんは教祖になりたがるからなあ」と言われたことがあります。そのとき私はきょとんとしてしまって、「そうなのだろうか」と不思議な感じを持ったのをおぼえています。
 この霊言で、大川隆法氏の意識の一部が「種村守護霊」の名前を騙って発言しているなら、すごく納得のいく話です。
 私の本音はどうかというと、教祖願望はありませんでした。仏弟子だと思い込んでいましたから。そして大川隆法氏を仏陀と信じていましたから。舎利弗とかヨハネと言われていたので、一番弟子になりたいという願望は強くありました。そうでないと、過去世より出来が悪いということになると思い込んでいました。これはある時期まで、私の執着となり、苦しみとなりました。

 大川隆法氏には、いつか自分の地位が誰かに奪われるのではないかという、強迫観念が、潜在意識下におありになるのではないかと思います。ですから、大川きょう子さんが二代目教祖になりたがっているとか、私に教祖願望があるとか妄想されるのだと思うのです。大川隆法氏は被害妄想が強い方だと思います。

3 件のコメント:

  1. アイマイミーです

    種村さん、またひとつ大川の化けの皮が剥がしていただき、ありがとうございます。溜飲が下がります(爆笑)

    ここでも大川の呼び出した種村さんの守護霊が“偽者”だと証明されましたね。種村さんは,たしかに、生長の家の職員時代の最後は、聖使命新聞の編集でした。だから、種村さんの言われるとおり「こんな基本的なことを私の守護霊が間違えるはずがありません」ということなのです。

    種村さんのことをなぜ、そんなに詳しく私が知っているかということを述べますと、私と種村さんは、生長の家の学生組織の出身者であり、生長の家本部職員のグループの中で、同じグループだったのです。かなりの大きなグループだったのです。

    あわせて、質問者のお馬鹿な斉藤博也が、「生長の家の学生が一人死んだ」とわかったような口をきいていますが、種村さんの言われるように、かれは、そのときから2年後に死亡しています。私の直系の後輩ですから忘れようもありません。その京大事件とは無関係です。テキトーに情報を集めているからこんな間違いを起こすのです。

    また、斉藤博也は、あいつらしく「スーパー右翼的発想」とかいうお馬鹿な質問をしていますね。この「右翼的発想」の意味が理解できないから、どうしても、幸福実現党が日本の正統的な保守の国民運動から排除される理由でもあるんですが・・・

    なぜ、幸福の科学や幸福実現党が日本の正統的な保守界に受け入れられないのか申しますと、天皇観がまったく違うからです。大川は天皇の上に立とうとしているのを日本の保守界の人々が知り、激怒しているからです。それで、幸福実現党関係者が保守勢界の地方組織に行っても、冷たくあしらわれているのはそのためなのです。

    まぁ、そのことを関係者に詳細に伝えてはいるのは私なのですが(爆笑) 何せ、私の直系の後輩がかなりの人数,専従者となっているので、話が一発でとおるのです。

    それで、大川らは「天照大神がお怒りに・・」なんていってるのは、保守界にとっては噴飯ものなんですよ。大川も馬鹿丸出しで、「天照大神」をもちだせば、日本の保守界はいうことをきくと思い込んでいるんでしょうね。

    講談社事件のときも、講談社へのデモに右翼が抗議していると怯えた大川は、「天照大神ののぼりをたてよ」といった類と同じ発想なんですよ。そんなもん立てても、日本の保守界は一笑に付すだけです。大川の頭の中は、妄想と「痴」性の塊でできているんですから(爆笑)

    でも、日本の保守界は、むしろ「天照大神は、大川と幸福の科学に対してお怒りになっている」という認識ですよ。「天壌無窮の神勅」を理解すれば、大川は皇位簒奪者にほかなりませんからね。

    いまや、大川を相手にしてくれるのは、もはや数千名の信者ばかりですよ(大爆笑)

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  2. アイマイミーです

    もう一言述べさせてもらいます。斉藤博也が、種村さんのことを、生長の家時代の「教祖云々」の話を持ち出していますが、これこそが幸福の科学お得意の捏造なんです。

    種村さんはわざわざ、Y君に確認をとったようですが、確認するまでもなく、そんな「教祖」呼ばわりされたことはありません。

    なぜなら、生長の家という宗教は,谷口雅春先生というとても高潔で、高徳で、しかも、慎み深い方を指導者として仰いでおりましたし、さらには、谷口雅春先生は「教祖」という言葉をお好みではなかったので、生長の家では「教祖」という言葉自体があまり使われない言葉であるからなのです。したがって、職員同士でも「教祖」という言葉は、めったに使われません。

    こうした基礎知識なしに、勝手に「教祖」という言葉を使わしめてるのは、明確な意図があるからです。大川と斉藤博也、その他の質問者は事前に打ち合わせて、「どのように質問したら、種村をイメージダウンさせられるか」とやってるわけです。やらせです。こんなことばかり、やってるから、守護霊になりすましても、すぐに嘘だとわかるんですね。

    そういえば、2chでも、その他のサイトでも、幸福の科学の人間はよくアンチになりすましますもんね(爆笑) でも、十分に準備しないから、すぐ、なりすましだと見破られています(大爆笑)

    はからずも、この「教祖」の一言でも、大川の霊言がいんちきであり、大川の妄想がかたられていることが明らかになりました。

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    1. いつもありがとうございます。またしても、生長の家時代を知る方の証言を頂き、感謝しております。

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