2012年7月17日火曜日

『舎利弗の真実に迫る』講13  植福返還訴訟の真実

「大川隆法 そういう働き(分派活動をしたダイバダッタから弟子五百人を取り戻したこと)をしたのが舎利弗たちであったので、『舎利弗が別派をつくって幸福の科学の信者を連れていく』というのは、話としておかしいのではないかと私は思いますし、信仰心のあまりのいいかげんさに、ややあきれる思いもしないわけではありません。」(『舎利弗の真実に迫る』P90

<解説>

 これは私が、植福返還訴訟に協力させて頂いていることへの危機感から出てきた発言です。実は私は、大川隆法氏への私信の中で、女性問題を起こしながらそれを隠蔽する人は仏陀ではないし、そういう人が受ける布施は受者の穢れにより三輪清浄の布施に理念を満たさないので、布施を返還されるようにとお願いしました。

 この時点ですでに私は、大川隆法氏が釈迦の再誕であり、仏陀であるという信仰自体が成り立たないことを自覚していました。またこの大川隆法氏宛ての手紙の中で、私は自分を舎利弗の生まれ変わりであるとした大川隆法氏の過去世認定を、返上しています。

 仏陀でない人が、自分を仏陀と偽って、多くの人々を惑わしている。その迷妄から、彼自身ならびに信者の皆様に目覚めていただきたいというのが趣旨です。その意味ではダイバダッタの呪縛から仏弟子の迷妄を覚ました舎利弗の活動と、今回の私の活動には、一定の類似性がないわけではありません。
ただし大川隆法氏は自分を仏陀と盲信しているので、このような指摘は全く理解できないと思います。自分で繰り返し仏陀であると言い続けているうちに、完全に自己洗脳してしまい、真実が見えなくなっていますから。


「大川隆法 (中略) まあ、はっきり言えば、初期のころに当会に来て、最初、事務局課長として職員になった種村という人が、今、別派的な動きをしており、当会に多額の布施をした信者あたりを狙って、布施したお金を取り返させ、それを資本金にして別派をつくろうとしているらしいということが分かっています。」(『舎利弗の真実に迫る』P92

<解説>

 これはひどい言いがかりですが、こういうふうに大川隆法氏がこじつけるのには理由があります。植福返還訴訟の真相を信者の皆様に知られたくないのです。

 そこで返還訴訟の真相を語ることで、これへの反論とさせて頂きます。

 今回、提訴した人たちは、いずれも熱烈信者であり植福菩薩も複数いらっしゃいます。いわば筋金入りの信仰者です。この方々が、提訴した本当の理由は、女性問題等で大川隆法氏が堕落しており、もはや信仰するに値しない状態であることをことを知り、深く信仰心が傷ついたからです。

この方々は3つの願いを込めて裁判を起こされました。
        この裁判を通して大川隆法氏と教団が反省して、悔い改めて欲しい。
        自分たちと同じように騙されて被害を受ける人を少なくしたい。
        納骨壇を返却し、あるいは生前供養をキャンセルするので、その分のお金を返還してもらいたい。

この方々は、最初から裁判をしようとされたわけではありません。まず、来世幸福園に電話したり、サービスセンターに連絡されましたが、それは布施なので返却できないと言われ、支部に相談するように言われています。そこで支部長に相談すると、布施なので返還できないと、取り付く島がありません。ある人は支部長から「あなたがしようとしていることは幸福の科学を敵に回すことよ。」と脅されました。またある人は、本部長からピントはずれの手紙を何度ももらい、埒が明きませんでした。
仕方なく、各自が地元の消費者センターに相談しましたが、理解は示しながらも、弁護士を紹介されました。そこで弁護士の先生に相談して、提訴の運びになったものです。

教団側の論理は、納骨壇等の代金は「布施」(植福)だから返却できないというものでした。そこで私が、布施だというのなら、三輪清浄の理念を総裁自らが汚している以上、布施そのものが成り立っていないことを理論的に説明する支援を行いました。総裁は女性問題を多発させ、受者の清浄性は皆無です。受者が穢れてしまった以上、幸福の科学の布施には何の功徳もありません。功徳のない布施をこれ以上集め続けるのは、詐欺以外の何ものでもありません。私は、そのことを裁判を通して明らかにし、被害者を救いたいのです。

 裁判をしている人々は、ほとんどが家庭不和の原因を多額の植福によってつくっています。このたびの裁判で、高額な植福が返還され、家庭が調和することを願っています。

「布施したお金を取り返させ、それを資本金にして別派をつくろう」としているという言葉は、大川隆法氏が真相を隠そうとして創り上げた架空の物語(妄想)に他なりません。



「『職にあぶれて食い詰めている』という現状」(『舎利弗の真実に迫る』P94

<解説>

 大川隆法氏は、この本のなかで、繰り返し繰り返し、「種村修は職にあぶれて食い詰めているので、信者をそそのかせて裁判させ、そこからお金をえようとしいている」と主張しています。退職金を使い果たしたからないとか、ゆすり・たかりをしているとか、言いたい放題です。

 この本を読んだ昔の仲間が、心配して生活は大丈夫かと電話してくれた人もいました。またある生徒さんのご主人が、この本を読んであまりの内容のひどさに義憤を感じられ、わざわざ事務所に激励訪問してくださいましたが、この方も私の生活を心配してくださいました。こうした方々には、この本に書かれているような生活不安は全くないので、ご心配要りませんと申し上げ、ご安心をいただきました。
 
 私は、ありがたいことに、心検の仕事で本当に多忙です。また、亡くなった母が残してくれた遺産もあるため、新事業の立ち上げ期に、お金の心配をすることなく仕事にだけ打ち込めています。これは本当にありがたいことだと、感謝しております。

 改めて、ご心配くださる皆様に、「ご心配なく」と申し上げたいと思います。もとより、諸行無常の世の中ですから、私の仕事がうまくいかないことも可能性がゼロとはいえません。でもその場合でも、ありがたいことに田舎が農家で、いざとなったら自分が食べていくぐらいは十分な土地の広さがありますので、心配はしていません。これまで農家で家を維持してきたからです。また田舎の親戚には農協の職員の方をはじめさまざまな方がいますので、本当にいざとなれば、いかようにも生きていくことは可能です。こんなことは書く必要もないと思うのですが、これも大川隆法氏の洗脳技術に抗するために、あえて書いています。

 

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