2012年7月13日金曜日


『舎利弗の真実に迫る』講義3 高橋信次霊との関係にこだわる理由




「岩本 教団の初期に高橋信次霊によって過去世リーディングが行われ、その際、今回除名された者(種村修氏)があなた様であるとされましたが、これは事実でございましょうか。」(『舎利弗の真実に迫る』P23

<解説>
 この岩本氏の質問の仕方そのものが意図的です。この質問のなかに、すでに嘘が入っています。これですと、あたかも高橋信次霊による過去世リーディングで、種村修が舎利弗だと始めて認定されたことがあったように印象づけていますが、間違っています。大川隆法氏が、自分の言葉で、種村修が舎利弗の生まれ変わりだと、2030人の会員の前で、19983月に認定しているのです。
念のために断っておきますが、私は大川隆法氏の過去世認定に全く真実性がないと考えていますので、私の過去世を大川隆法氏に認定して頂きたいとはまったく思っていません。しかし、こういう明らかな嘘が入ることは、許しがたいと思うのです。

「舎利弗 うーん、うーん、拝火教徒であったように思います。」(『舎利弗の真実に迫る』P24

<解説>
 これは「大川・舎利弗」が登場して、種村修のインド時代の過去世について証言している内容です。
これは一つの伏線なのです。実は、種村修が高橋信次霊と魂的に密接な関係があるように見せたいというシナリオが、この発言の背景にはあります。カシャパ三兄弟に率いられた拝火教徒といえば、天狗など裏側の存在であるという印象を与えることができるわけです。「高橋信次霊と種村修は裏でつながっている」という物語にしたい。そのためにこういう布石を打ったのです。そのことは、次の発言を見れば、すぐに分かります。

「岩本 除名された者に関しまして、もう一つ、お伺いしたいのですが、彼は生長の家で学んでおりました。生長の家の教えと高橋信次との間には、霊的な関係が何かあるのでしょうか。
舎利弗 うーん。うーん。うーん。このへんは、教祖にとっては実に難しいところでありまして、宗教の奥義の部分であると言えるので・・・。うーん。生長の家の教祖であった谷口雅春氏は『自分は住吉大神である』と言ってみたりしましたが、あるときには、『釈迦である』と言ってみたりしたこともあったようであります。」(『舎利弗の真実に迫る』P25~P26

<解説>
 高橋信次と私を無理やり関係付けたいという意図が込められた質問です。
 谷口雅春氏は生前、自分は神の御心を伝えるラッパに過ぎない、と謙虚に考えておられました。住吉大神は生長の家の神様であって、自分はそのラッパに過ぎないという自覚です。この謙虚さが谷口氏を守ったのです。
 したがって、ご自分を住吉の大神の生まれ変わりと言われたことはありません。まして釈迦の生まれ変わりと発表されたことなど、一度もありません。谷口雅春氏は生前に仏教を熱心に学ばれましたが、それは万教が一に帰することを証明するために学び、仏教を解説されたのです。

「高橋信次に関しましては、『「自分は釈迦だ」ということにしていたので、「周りに釈迦弟子が数多くいなければいけない」ということになり、周りに釈迦弟子の名前を付けた』というような事実があったと思います。
そして、その人たちが当会と対抗的な立場に立ったときがあるので、それとの対抗上、『こちらにも、同じような人がいなければならない』という点はあったかなと思いますね。」(『舎利弗の真実に迫る』P26

<解説>
 これは大川隆法氏が「大川・舎利弗」の言葉を借りて、非常に正直に教団初期の内情を告白している内容だと思います。ある意味で、とても正直です。
つまり、大川隆法氏は、「自分こそが釈迦の生まれ変わりである」と主張する必要があったので、釈迦弟子が大川隆法氏の周辺にいなければならなかったと言っているのです。最初期のころ、幸福の科学は、高橋信次の後継団体と対立していたので、自分が釈迦であると言うためには「真の仏弟子」の認定をする必要があったというわけです。発想が高橋信次と全く同じ構造であるということを、自分で暴いて見せているのです。
 
「だから、『教団としての自覚や悟りが、まだ十分に出来上がってはいなかった』という時代においては、やや方便的なものがあったのも事実ではないかと思います。」(『舎利弗の真実に迫る』P27

<解説>

 大川隆法氏の良くやる「印象操作」がなされていますので、注意して読んでください。それは「教団としての自覚や悟り」という言葉です。教団に悟りや自覚があるわけでなく、これはもっぱら大川隆法氏の自覚と悟りが低かったと言っているのです。それをはっきり言うのがはばかられるので、こういう言い方をすることで、あたかも初期に集まった人間の悟りや自覚が低かったから、方便が必要であったような印象を与えているのです。ある意味で巧みな、その実、非常にずるい言い回しだと思います。

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2 件のコメント:

  1. アイマイミーです。

    種村さんの記述はまったく正しいです。とくに生長の家の記述はそのとおりです。私は生長の家の本部講師でしたし、幸福の科学でも本部講師になりましたので、大川の嘘がよくわかります。

    谷口雅春先生は高橋信次氏のことを語られたことはありません。GLAについても語られたことはありません。生長の家からGLAにいったのは園頭さんくらいで、園頭さん自身は生長の家から除名に近い形で出て行った方です。生長の家の人たちは今でもGLAとか高橋信次氏のことを聞いてもポカンとするばかりでしょう。

    それと、この際ですからはっきり言っておきましょう。

    谷口雅春先生とお会いしたときは、神聖な、まさに後光がさしているのを感じさせる清らかな雰囲気を持った方でした。

    しかし、大川隆法とは、職務上日常的に接しなければなりませんでしたが、清らかさとか、神聖さとかはまったく感じさせませんでした。後光すら感じたことはありません。私は3年半、大川のそばにいたんですよ。途中で、どうしようもない俗物と感ずるようになりました。

    宗教家としての品格がまるでないのです。それに、宗教家らしからぬ、悪口のオン・パレード。宗教家は宗教家らしく正しい言葉を使っていただきたいものです。

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    1. ありがとうございました。大変強力なバックアップを頂き感謝申し上げます。

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