2012年7月16日月曜日

『舎利弗の真実に迫る』講義12 私の真実

「自分たちを固定した状態で見ていれば、教団のほうがどんどん変化して、彼らには、『初期のころに重用された自分たちが、その後、重用されなくなった』というように恨んでいる面もあるのでしょう。」(『舎利弗の真実に迫る』P84

<解説>

 これも大川隆法氏の言葉です。この発想は、大川隆法氏の特徴的な発想です。幸福の科学は常に発展していくので、能力が限界になると落ちこぼれていき、落ちこぼれた人間は恨みをもつというのです。確かにそういう心境になることは、人間にはあると思います。

しかし、その組織を辞めてからも、そこで仕事が出来たことに感謝して、どこか一隅を支え続ける人が多い組織と、辞めたら恨みに思い、悪口をいう人が多い組織との違いには、トップの持つ徳、あるいは組織の徳というものが大きく関係するのではないでしょうか。

 私を振り返ってみると、還俗してすぐは、正直言って完全に方向性を失い、うつ状態に陥りました。何故かというと、出家者として生きてきた自分のアイデンティティが崩壊したからです。それと交通事故で半年以上入院したのが響き、筋力や体力が3年間は元に戻らなかったのも、非常に辛いことでした。闇雲に試行錯誤して自己のアイデンティティを捜し求め、その間、自分の心の傷をさらに広げたりしながら、それでも何とか在家の中で基盤を創り、そこから自分の使命を見出そうとする悪戦苦闘が続きました。

 しかし、徐々に自分を立て直してくると、次に取り組んだのは信仰生活の再建でした。それまでは生きていくのが精いっぱいでした。仕事では、大きな累積債務を抱えた建設会社の再建という、非常な難問題に取り組みました。それも私がもっとも苦手だった財務の担当になり、銀行交渉の責任者になりました。責任感だけで仕事をしました。2年目になって、やっと仕事にはなれたものの、会社の危機的状況がさらに深刻になってきたころです。
会社の再建のためにも、自らの心の再建のためにも、真剣に信仰生活の再建に取り組もうと決意しました。それまで毎月、支部や精舎での祈願だけはしておりましたが、それだけでは足りませんでした。

 そんな問題意識を持っていたある年の3月でした。津田館長の話に触発され、ご生誕祭に向けて私が何一つ出来ない自分を情けなく思い、まずは経供養だけでもさせていただこうと、『正心法語』の全巻読誦をはじめることにしました。77回で1シートの記録用紙を作り、その年のご生誕祭には3枚のシートを奉納しました。つまり約4ヶ月で231回の経供養を捧げたのでした。
次には、月刊誌等の布教誌を毎日100冊ずつ地域に配布することを始めました。朝は4時30分には起き、約40分間布教誌配布した後、1時間程度お祈り等をして、それから出勤します。帰宅は深夜の11時、12時は当たり前の生活でした。これをやり出してから、3ヵ月後ぐらいの朝、神秘体験をさせていただきました。それによって、自分が光の子であるという強烈な自覚を得ました。そして、その時から私の交渉力が非常に力強いものになり、会社再建が軌道に乗り、働きだしてちょうど丸3年で、会社が再建できたのです。

 会社の再建が見え始めた頃から、私はそれまで行けなかった各地の精舎に行き、研修に参加して、数々の神秘体験をさせていただくと共に、大きな人生の軌道修正をさせていただけました。反省も相当しました。建設会社を辞めてから、一時期、田舎で親孝行をする期間を少しいただけました。そして関東の方で新しい仕事につかせていただきました。その間には、日光精舎で10日間程度反省に打ち込み、いくつかの神秘体験を頂きました。

 思うのですが、今という時代は、霊性の時代と言われるように、人間の意識が霊的な領域とコンタクトを取ることが、ものすごくやりやすい時代です。これはカウンセリングをしていても、顕著に感じます。私が神秘体験をしたのは、私のその時の心の状態に応じて、幸福の科学の精舎であるにも関わらず神秘体験が出来たのではないかという気がしています。道を歩いていても、突然神秘体験が来る場合もありますし、自宅の部屋で寛いでいても、突然来る場合もあります。そういえば、ユングは列車に乗っているときに突然神秘知見が始まり、数十分続いたことを伝記に書いていました。今は、そういう時代であり、心が内省的になって、穏やかな状態になれば、誰でもがそういう体験が出来る時代だと思います。神秘体験、あるいは霊的領域とのコンタクトは、私たちの心の状態によるのであって、場所を問わないのではないか。そう感じるのです。

 3年ほど関東で働いた後、一念発起してカウンセラーになるために心理学の学習に打ち込みました。ある知り合いの経営者から「あなたは職業として人を救う仕事をするべきだ」と言われたことも、大きなきっかけでした。心理学の学習と平行して大川隆法氏の書籍のほとんどを読み返しました。幸福の科学の書籍は2年間で累計600冊読みました。洗脳を深めたわけです。『正心法語』は累計2200回程度になりました。2009年の衆院選挙では、勉強も仕事も中断して、地元候補者の応援演説に全部の時間をつぎ込みました。

選挙後しばらくして、週刊朝日が幸福の科学批判を記事にしたときには、私は仕事仲間の斎藤敏之氏と二人で朝日新聞社の本社に乗り込み、担当記者ならびに副編集長と時間近く話し合い、抗議を行いました。記事の内容が自由主義社会にとって非常に危険であり、信仰をも傷つける内容であったからです。その内容は、話しあった週刊朝日の副編集長の依頼によって文章化し、週刊朝日の編集長に送りました。同時に、幸福の科学の広報局にもお渡ししたので、この事実は里村英一氏もご存知のはずです。
それ以外に、日常の活動としては布教誌配布は毎月数百冊をやりつづけており、そのことは私が活動していた支部の方ならご存知です。また毎週駅の前で朝の出勤前に街頭演説をし、2人の仲間と共に幸福実現党のビラ配布を行いました。

 つまり、私が言いたいことは、在家の立場にあって、幸福の科学の発展をほんの一部なりとも支えていきたいと真剣に願い、行動して来たのが、私の真実の姿であったということです。私は本当に、熱烈信者だったのです。
教団の発展から落ちこぼれ「重用されなくなったというように恨んでいる」というような教祖の発言は、一信者に対して非常に不謹慎であると思います。まったく人の心が見抜けないのでしょう。他心通はどこへ置き忘れてしまわれましたか。
 これほどの熱心な信仰者の私が、それだけ深く洗脳されていたにも関わらず、なぜ変わったかといえば、教祖と教団の実態が、いやおうなく目に入ってきたからです。その頃、仕事仲間の斎藤敏之さんが、佐久平支部の会員さんの正当なクレームを一生懸命に総合本部や総裁に取り次ごうとして努力されていました。しかし、教団幹部は在家の信者さんのクレームを全く聞く耳持たず、教団を良くしたいという一心で努力した斉藤敏之さんを活動停止にして、全世界の精舎と支部に張り出しました。私はこのときに、教団の救いがたい官僚体質と教団自体の自浄作用がもはや機能しないことを痛感させられました。

さらに、決定的だったことは、大川隆法氏の女性問題の実態と被害女性の存在を知ったことです。1997年の総裁の不倫問題は、私は被害者から直接詳細を打ち分けられて知っていました。しかし、守護霊が申し出たという話だったので、一時的な問題として、胸に収めていたのです。
しかし、数年前にも別の若い女性職員が被害にあったことを知って、私は問題の深刻さを感じました。熱烈信者の家族全員が退会されたとか、ご本尊をばらばらにしたとか、被害女性は一時は歩くこともままならないほどのショック状態だったとか、目を覆いたくなるような話でした。

私はこのままの状態で、自浄作用が働かぬまま、教団が進むのは危険だと思いました。私は大川隆法氏に対して、私が知っている事実を手紙にしたためて送りました。最初の手紙は広報局が止めてしまったことが判明しました。そこで、44日にもっと詳細に手紙を書いて、大悟館に大川隆法氏への親展で送りました。それが、先日週刊文春に一部公開された手紙です。

私は、女性問題だけをもって深刻な事態と思ったわけではないのです。それを事実無根として嘘を突き通していることが、もっと問題だと思ったのです。女性への執着でセクハラ被害まで出続けているという状態は、もはや大川隆法氏は仏陀ではないということを意味しています。執着まみれの凡人です。その凡人が、仏陀だ、宇宙神だと言うという事は、悟りを偽る大妄語です。釈尊の教えによれば、この大妄語は無間地獄に堕ちる因となります。それは同時に悪魔に支配されることを意味します。教祖が悪魔に支配されたら、信者さんはどうなりますか。みんな不幸になり、地獄へと道連れにされてしまいます。だからこそ、私はこの問題を看過できなかったのです。

私は手紙を書くときは、相当強い決意を固めました。その時に私は、自分の心と次のように対話しました。
Q「教団から除名処分や永久追放になるが、それでいいのか。」
A 「構わない。」
Q「後世の信者から裏切りのユダのように、永遠に恨まれる可能性があるが、いいのか」   
A「自己保身は捨てる。生まれ変わっても、誤った教団の改革のために尽くす。その時に、私が教団の真実に目覚めるように、何か確かな資料を公的に残しておきたい。」
Q「大川きょう子さんのように、守護霊の本を出されたり、呪われたりするが、それでも良いのか。」
A 「甘んじて受ける。多くの人が地獄に行かぬように尽くすのが先決だ。できれば総裁も救いたい。」
Q「大教団に一人で立ち向かうのか。それでつぶされない自信があるのか。」
A「『真実は死なない。真実は絶対に死なない』という言葉は、永遠の真理だと信じる。私はこの真理に賭ける。私が真実の側に立つのなら、つぶれるのは偽りを説く教団である。」
「いかなる心を持って立つのか。」
A「愛の心を持って立つ。怒りは持たぬ。そう努力する。」

こうして私の戦いは始まりました。私の家族、私を深く知って下さる方々、心検の生徒の皆様は、私を支援してくださいます。その支えがあればこそ、私は戦えるのです。

このブログも、私のささやかな名誉を守るために始めましたが、いろんな方が私の姿を知って励ましとしてくださっていることを知りました。それとともに、私自身の決意も深まってきたように思います。心の奥から、私の役割を自覚する思いが湧いてくることもございます。生意気ではございますが、心から湧いてくるままに、あらためて私の決意を書かせていただきます。
私は旗の役割です。真実の旗を掲げるポールです。旗を立てたポールは、微動だにせずに立ち続けるのが役割であると肝に銘じています。嵐のなかでも、雷に打たれても、私は立ち続けます。

 地上に新しい地獄を作らないために、私は立ち続けます。この姿を見て、勇気を起こしてくださる方が一人でも増えてくださることを、私は祈っています。

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